カリフォルニア州ヒューロン市は、ファッションデザイナーであるウィリー・チャバリアのファッション、芸術、文化への貢献を称え、5月3日を「ウィリー・チャバリアの日」と宣言した。このイベントは町の設立75周年を記念して行われ、サッカー大会やポップアップショップの開催、大型助成金の発表などの祝祭的な催しが実施された。かつて疎外感を抱いていた地元出身のチャバリアは、自身のルーツから着想を得て2026年春コレクションを制作した。
カリフォルニア州サンホアキンバレーの小さな農業の町ヒューロンは、同市出身のデザイナーであるウィリー・チャバリアの功績を認め、5月3日を「ウィリー・チャバリアの日」に制定した。祝典ではコミュニティイベントとチャバリアの業績への賛辞が融合し、地元高校ではボーイズ・アンド・ガールズ・クラブとアディダス協賛によるサッカー大会が開催された。さらに、プロム衣装の「ショップ・ウィズ・ウィリー」ポップアップショップ、マリアッチやバンダの音楽、地元業者によるメキシコ料理の提供、そしてチャバリアの映像作品の上映なども行われた。式典ではチャバリア本人とレイ・レオン市長が挨拶に立ち、タコベルがフレズノ郡のボーイズ・アンド・ガールズ・クラブに対して10万ドルの助成金を発表した。これは同社が同団体を支援して13年になる中で最大規模の金額となる。ヒューロンはメキシコからの不法移民が多く暮らす保守的なコミュニティで、チャバリアは白人とメキシコ人のハーフでありゲイのアーティストとして、周囲に馴染めず疎外感を感じながら育った。彼は「ヴォーグ」誌に対し、故郷の風景について「人生の後半になるまで気づかなかった美しさがある」と語っている。20年ぶりに帰郷し、2026年春コレクションのために短編映画の撮影を行った際には、深い感銘を受けたという。「自身の存在や活動のすべてが、このつつましい土地の結果であると気づき、感情的に圧倒された」と彼は振り返る。コレクション名には「Huron」と名付けられ、地元のスタイルから着想を得たティール、ピンク、イエローなどの鮮やかな色が使用されたほか、花柄のドレスや赤い口紅、ワークウェアをまとった地元住民をモデルにしたキャラクターが表現された。パリ・ファッションウィークにも参加し、CFDA賞を2度受賞しているチャバリアは、自身の過去との和解について次のように述べている。「若い頃は、自分が属していないと感じていた世界とは異なる世界を作り出すことに必死でした」。また、自身のチカーノ・エステティック(美学)はヒューロンから生まれたものであり、「私のチカーノ・エステティックがサンホアキンバレーの環境に由来していることは明白です」と語った。