1979年から1994年までサンタナで活躍したことで知られるスコットランド出身のシンガー、アレックス・リガートウッド氏が79歳で亡くなった。妻のショーン・ブローガン氏が、4月30日にカリフォルニア州サンタモニカの自宅で息を引き取ったことを明らかにした。リガートウッド氏は亡くなるわずか数週間前までステージに立っていた。
アレックス・リガートウッド氏が4月30日、カリフォルニア州サンタモニカの自宅で死去した。妻であり代理人でもあるショーン・ブローガン氏がSNSを通じて声明を発表した。ブローガン氏は「最愛のアレックス・リガートウッドの訃報を伝えることは、深い悲しみと胸が張り裂ける思いです」と記し、「アレックスは愛犬ボボに見守られ、眠るように安らかに息を引き取りました」と続けた。さらに「アレックスは多くの人から愛されていました。彼を知る人は皆、彼を愛していました。彼の卓越した歌声は多くの人々の心に触れました。彼は心と魂そのものでした」と追悼の意を表した。死因は公表されていない。ブローガン氏によると、60年にわたるキャリアを持つ同氏は、亡くなる約2週間前までライブ活動を行っていたという。1946年12月18日にグラスゴーで生まれたリガートウッド氏は、1950年代にスキッフル・バンドで音楽活動を開始し、ザ・セネイトなどのグループを経て頭角を現した。サンタナ加入前には、ジェフ・ベック・グループ、アヴェレイジ・ホワイト・バンド、ブライアン・オーガーのオブリヴィオン・エクスプレスなどでボーカルを務めた。彼のソウルフルな歌声は、『マラソン』(1979年)、『ゼボップ!』(1981年)、『セイクリッド・ファイアー:ライヴ・イン・サウス・アメリカ』(1993年)といったアルバムを通じてサンタナのAOR時代のサウンドを決定づけ、「ウィニング」や「ホールド・オン」、「ユー・ノウ・ザット・アイ・ラヴ・ユー」などのヒット曲でその才能を発揮した。サンタナは自身の回顧録の中でリガートウッド氏を称賛しており、「アレックスはすぐに馴染んだ。彼は80年代から90年代にかけて、我々のアルバムやツアーの多くでサンタナの『声』となった。彼の歌声は、神の存在を感じさせてくれる」と記している。訃報を受け、多くの追悼メッセージが寄せられた。ブライアン・オーガー氏はX(旧Twitter)に、「親愛なる友であり、オブリヴィオン・エクスプレスでの旅の仲間でもあったアレックス・リガートウッドがこの世を去ったというニュースを、耐え難い悲しみとともに伝えなければならない。彼が天国のビッグバンドに加わったことで、そこはより素晴らしい場所になるだろう」と投稿した。リガートウッド氏は2019年にソロアルバム『Outside the Box』をリリースし、近年までライブ活動を継続していた。