ソフトロックバンド、アンブロージアの結成メンバーであり、キーボーディスト兼オルガン奏者だったクリストファー・ノースが75歳で亡くなった。アンブロージアがFacebookの声明で訃報を認めたが、死因の詳細は明らかにされていない。ノースは喉頭がんを克服していたものの、近年は交通事故や肺炎に苦しんでいた。
アンブロージアはノースを、「Biggest Part of Me」や「You're the Only Woman (You & I)」といったヒット曲でバンドのサウンドを形成した「ハモンドB3の王」と称した。バンドは、彼が1970年の結成当時から演奏にもたらした「比類なき激しさと感情の深み」を称賛し、プログレッシブ・ロックとソフトロックを定義づけた彼の「音の建築」を高く評価した。声明には、「クリストファー・ノースの仕事は、単に電波を埋めるだけのものではなく、技巧とソウルフルでラジオ向けのフックを両立させた『聴覚的な風景』を作り上げた」と記されている。彼が奏でた豊潤なピアノと高揚感のあるオルガンの旋律は、今なおクラシック・ロック時代の不朽の宝であるとバンドは評した。アンブロージアは、雰囲気作りとソロを前面に押し出した彼の演奏スタイルを評価していた。元リードボーカルのデヴィッド・パックは、ノースの「ワイルドで人を引きつけるステージでの個性」を回想し、「彼は毎晩のようにハモンドB3を弾いて手を血だらけにしたり、鍵盤を壊したりしていた。『獰猛』という言葉では足りないほどだった」と語った。パックは1970年にサウスベイのライブでノースを初めて見た際、彼がジャック・ダニエルのボトルを手に、サングラスをかけ、「強烈な態度」で棺桶の小道具に乗って現れ、その後ハモンドB3のソロを弾きまくった様子を振り返った。サンフランシスコで生まれ育ったノースは、1960年代に地元のバンドで活動した後、パック、ベーシストのジョー・プエルタ、ドラマーのバーリー・ドラモンドと共にアンブロージアを結成した。1977年に健康上の問題で一時脱退したが、バンドがゴールドディスクを獲得した1980年のアルバム『One Eighty』で復帰し、同作はBillboard 200で最高25位を記録した。そこからのシングル「Biggest Part of Me」と「You're the Only Woman」は、Hot 100でそれぞれ3位と13位にランクインした。アンブロージアは1982年に『Road Island』をリリースした後に解散したが、後にツアーのために再結成している。ノースはチャック・ジラードやティン・ドラムのアルバムにも参加したほか、2014年にはドアーズの「The Soft Parade」をカバーした。