『ダブルドラゴン』、『熱血硬派くにおくん』など、ベルトスクロールアクションの名作を手掛けたゲームデザイナーの岸本良久氏が死去した。64歳だった。2026年4月2日に亡くなったことを同氏の息子が発表し、ファミ通および伝記作家のフローラン・ゴルジュ氏によって確認された。
岸本氏の息子の竜芳氏は週末、Facebookを通じて次のように報告した。「父が2026年4月2日に永眠いたしましたことをご報告申し上げます。父の生前、多大なるご厚情を賜りましたことを心より感謝申し上げます」。ファミ通が訃報を報じ、伝記作家のフローラン・ゴルジュ氏もSNSで「私の友人であり、ビデオゲーム史上最も素晴らしいゲームデザイナーの一人である岸本良久氏の突然の訃報に接し、打ちのめされています」と哀悼の意を表した。その後、竜芳氏は自身のXでファンに対し感謝を伝えている。「返信ができず申し訳ありませんが、多くの心温まるメッセージをありがとうございます。これからも笑顔で父の作品を楽しんでいただければ幸いです」。
岸本氏は1980年代初頭にデータイーストに入社し、レーザーディスクゲーム『コブラコマンド』や『ロードブラスター』のディレクションを担当した。その後テクモスに移籍し、自身の失恋経験やブルース・リーの映画『燃えよドラゴン』に影響を受け、不良とのストリートファイトにアイソメトリック視点のスクロールを組み合わせた1986年の『熱血硬派くにおくん』を指揮した。これが1987年の『ダブルドラゴン』へとつながり、双子の兄弟ビリーとジミー・リーが荒廃した世界でギャングと戦うという2人協力プレイを導入した。同作は『ダウンタウン熱血物語』をはじめとする主要シリーズを生み出し、数多くの続編や移植版、メディアミックスが展開された。
テクモス時代には、岸本氏は『熱血高校ドッジボール部』(1987年)や『WWF WrestleFest』(1991年)、および『ダブルドラゴン』シリーズの続編などを手掛けたのち、1990年代に退社。フリーランスとなってからは、『ダブルドラゴン IV』(2017年)の監督を務めたほか、『River City Ransom: Underground』(2017年)のクリエイティブ・コンサルタント、『くにおたちの挽歌』(1994年、スーパーファミコン版)のプロデュース、さらに2019年の『熱血硬派くにおくん外伝 イケイケ熱血ホッケー部「すべってころんで大乱闘」』にも携わった。
岸本氏の革新的なアイデアは『ベア・ナックル』などのベルトスクロールアクションゲームの礎を築き、『ストリートファイター』などの対戦格闘ゲームにも多大な影響を与えた。