石川県輪島市で、2024年1月1日に発生した能登半島地震の2周忌を偲ぶ慰霊式が開催された。県主催の式典では、337人が黙祷を捧げ、地震とその後の豪雨被害で亡くなった人々の遺族も参加した。被災者家族の一人、林敦彦さんは母の死を悼み、介護の思い出を語っている。
2026年1月4日、石川県輪島市で能登半島地震の犠牲者を追悼する式典が行われた。この地震は2024年1月1日に発生し、多くの被害をもたらした。同式典では、地震の死者と同年に県を襲った豪雨の犠牲者の遺族を含む337人が参加し、黙祷を捧げた。
式典の傍らで、64歳の林敦彦さんは母・君子さん(当時90歳)の死を振り返った。君子さんは穴水町の自宅で林さんが介護していたが、地震で家屋が崩壊。林さんは正月料理の雑煮を食べ終えた直後、激しい揺れに襲われ、天井の下敷きになった。暗闇の中で母に声をかけられず、助けられなかったことを今も悔やんでいる。林さんは救助されたが、君子さんは数日後に遺体で発見された。
君子さんは長年、自宅で美容師を営み、地元の結婚式や成人式、七五三などの着付けを一手に引き受けていた。住民からは「母さん」と慕われていた。認知症で7年前から寝たきりになった後も、林さんは「最後まで自宅で」と介護を続けた。崩壊した家屋は取り壊され、遺品の多くが失われたが、結婚式用のかつら1つが瓦礫から見つかった。林さんは土を払い、慎重に持ち帰った。
「母はいつも真面目に働いていた」と林さんは思い、施設入所させなかったことを後悔しつつ、母が自宅で最期を迎えられたことに安堵も感じている。心の中で「母さん」と呼びかけ、日々を過ごしている。