1960年代に殺害された公民権運動時代の活動家3人の遺族は、4月29日に下された連邦最高裁の判決「ルイジアナ対カレ(Louisiana v. Callais)」に対し、落胆を表明した。6対3の評決により、ルイジアナ州の選挙区割りが無効とされ、1965年投票権法第2条を選挙区割りの異議申し立てに活用する方法が大幅に制限されたためである。遺族らは、これに対し有権者が投票で応じ、連邦レベルでの投票権保護を強化する取り組みを支援するよう強く訴えた。
1960年代の公民権運動中に殺害された活動家の遺族らは、2026年4月29日に下された連邦最高裁による「ルイジアナ対カレ」の判決に不満を表明した。
この裁判において、最高裁は6対3の評決により、黒人が多数を占める選挙区を2つ設けるというルイジアナ州の選挙区割り案を差し止めた下級審の判断を維持した。最高裁は、この選挙区割りは違憲な人種的ゲリマンダーにあたると結論づけた。多数意見の中で、裁判所は投票権法第2条を解釈し、批判者らが「選挙区割り裁判において原告が投票価値の希薄化を主張し勝訴することが極めて困難になった」と指摘するような判断を下した。
ヴィオラ・リウッツォの息子であるアンソニー・リウッツォ氏は、セルマからモンゴメリーへの投票権行進を支援した直後の1965年3月に母親がアラバマ州で殺害された事実に言及した。同氏は、今回の最高裁の判決が活動家たちの犠牲によって勝ち取られた保護措置を骨抜きにするものだと批判し、有権者資格を持つ人々に投票所へ足を運び続けるよう促した。
ミシシッピ州のNAACP(全米黒人地位向上協会)指導者であったバーノン・ダーマー氏の息子デニス・ダーマー氏は、1966年1月に自宅がクー・クラックス・クラン(KKK)に襲撃され、放火による負傷が原因で父親が死去した経験に触れ、今回の判決は投票権法を弱体化させる長年の取り組みの一環であると述べた。また、投票率の低さが、長年にわたる投票権保護の浸食を許す結果となったと論じた。
1964年6月にミシシッピ州で殺害された投票権活動家3人のうちの1人、アンドリュー・グッドマンの兄弟であるデビッド・グッドマン氏は、この判決は裁判所が公民権保護を縮小させているというより大きな傾向に沿うものだと語った。同氏は、これに対する回答はまず投票から始まるべきだと主張した。
これらの発言は、2026年7月27日付のインタビュー記事が公開された後に続いたもの。その中で遺族らは、身内が殺害された時代と、リンドン・B・ジョンソン大統領の下で1965年に制定された投票権法を含む歴史的な公民権関連法が成立した時代とのつながりを語った。